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  • 執筆者の写真支配人 トオルちゃん

われらサウナ人 其壱

トオルちゃんです。


しかしサウナに入ったからと云って

いばる人はひとりもいない。


前々からこのフレーズの解釈が一番難解で話題に触れないようにしてきたのですが

最近ハッと思いたったのでブログで書いてみようと思いました。


話が若干それるかもしれませんが 例えば師匠と弟子の師弟関係においては師匠が弟子を可愛がり弟子が師匠を敬う関係性がありますが、損得で言えば弟子が得をし、師匠はそれを受け入れる事になります。明らかに弟子が得をするのですが両者がもめることはありません。

ではこんな場合はどうでしょう。


タメの友達  ビジネスパートナー  売り手とお客様


タメの友達どうしで食事に行く度に一方が何らかの理由をつけて食事代を払わなかったらどうでしょう。 そんなもの、もう一方にしてみたら言い訳にしか聞こえないでしょう。


一緒に店を経営しているのに一人が実労働の大半をこなしているのに取り分に大差が無い。

普通に考えて、長くは続かないでしょうね。


売り手の勝手な理由付けで値段を変動する。(高く売れそうだから上げてみたりちょっとまずいから下げてみたり)

その時々のお客様の複雑になる感情は避けられないから早晩客離れが起きるでしょう。


こうして並べてみると陳腐な事に思えますが実際には似たような事が起こっているような気がするするのは私だけでしょうか。


いずれにせよ これは「謙虚な気持ち」になれば解決出来るのではないでしょうか。

自分の分は自分で払い、たまには相手のも払ってみたり。

実労働できないなら取り分でその差を補う。

相場観を研究して多少利益を減らしても定価観を 根付かせる。

など謙虚な努力をしてみる価値はあるのではないかと私は考えます。


さて、サウナはどうでしょう

上下関係のない裸同士のお付き合いでサウナを楽しむ空間なのですから場外の事は持ち込まず全ての人が謙虚な気持ちでお付き合いする。これが

サウナに入ったからと云っていばる人はひとりもいない。

なのかな って現在62歳のワタクシは思っています。(手のひらポン)






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